はじめに 〜クレイトン博士の「英国流医食同源」〜

数は少ないながら90才になっても元気で、いわゆる「かくしゃく」としている人々がいるのに対して、その他の多くの人々が病気がちで、第一線から退く前に亡くなるのはなぜでしょうか?健康と不健康、長寿と短命、これらの違いは何からくるのでしょうか。もしもあなたが、その違いが何からくるのかを知っていて、しかも、その違いを生み出すための方法を持っているとすれば、あなたはどちらを選ぶでしょうか? 筆者にとっては、選ぶべき道は決まっています。

人間の悲劇のなかで最大のものは、ほとんどの人々にとって自分が何者なのか、何を必要とするのか、そしてまた、自分の人生に何を求めるべきなのがを悟るまでに、だいたいは40年ほど掛かってしまうということです。そのうえに、そのような年令に達して、精神的にもようやく安定するころには、すでに体のほうには「ガタ」がきているというわけです。

今日の医学の進歩にはめざましいものがあります。にもかかわらず、人は永遠に生きられるわけではありません。遅かれ早かれ、いずれは死を迎えます。しかし、人が死ぬのは「老齢」そのものによって死ぬのではありません。むしろ加齢に伴う一連の病気によって死ぬと言うべきです。それらの病気とは、例えば、冠状動脈血栓症、ガン、糖尿病、関節炎、アルツハイマー病、骨粗しょう症などです。これらの病気はまとめて「非伝染性変性疾患」と呼ばれています。言い換えるなら、伝染性ではないが身体内部の機能の衰えを伴った病気というわけです。

欧米社会では、これらの病気は読者の想像する以上に多いのです。そのため多くの人々がヒト(人間と呼ばれる種)がもつとされる「極限寿命」を極めることができないのです。天寿を全うする前に変性疾患に捕まるのです。驚くべきことに、5人のうち4人は60才になる前に、このような疾患の1つか2つを「拾って」しまうのです。

だからといって悲観はしないで下さい。ここからが大切なところですが、今ではこれらの病気は避けることが可能なのです。しかも、避けるための方法は単純です。「カーブ球」ではなく「直球」なのです。そしてこのような病気は一度追い払ってしまえばそれまでで、後はそれぞれの人に与えられた天寿に向かって、健康で幸せな生涯を送ることができるのです。

では、どれだけ健康になれるのでしょうか?それはほとんど全てあなた次第です。自分のライフスタイルを健康的な方向へ変えるのに、どれだけの決意で実行するかに掛かっているからです。とはいっても、それほど大げさなことではありません。タバコをやめ、ほどほどの体重を維持し、ストレス解消のテクニックを覚え、適度の運動をして、「初歩的な栄養プログラムを実行」するだけでよいのです。たったこれだけのことで、ある80才のスポーツマンのように、マラソンやトライアスロンに出場することさえ、やりたいと思うならできるのです。もちろん、読者のみなさんにこのような競技への出場をお勧めしているわけではありません。しかし、健康を保ち、活動的で、なお若々しいということの意味を考えてみるヒントになるのではないでしょうか。

人間はどれだけ長く生きられるのでしょうか? 動物実験では、寿命を50%のばすことが可能です。これは(もし読者が望むならですが)健康な生活が半世紀延びることを意味します。しかし、問題もあります。もし、地球上の全ての人が急に長寿になったとしたら、多くの社会制度、年金制度、宗教構成、人間関係などのもろもろに大きな変更が必要になり、パニックさえ起こることも考えられます。学校教育制度も大きく変わることでしょう。例えば、半世紀の人生経験をひっさげて50才から高等学校に戻るようなことも起こるでしょう。面白いではありませんか。また、本当に「健康な生活が半世紀」も延びるなら、少なくとも健康保険制度が財政面から崩壊に瀕している諸国ではグッドニュースではないでしょうか?

ありそうもないですって?

わずか数世代前には50才といえば充分に年寄りでした。60才は化石扱いでした。わずか一世代前でさえも50才は「中年」と呼ばれていました。最近では、50才の人のほとんどは自分を中年とは考えていません。中年のように外見がみえないというだけでなく、その振る舞いも中年らしくありません。今では60才になってようやく中年と考える人が多くなっています。体も心も充分に若ければ当然のことといえるでしょう。聞くところによれば、アトランタのオリンピックには、ドラモンド・ヘイという60才の人が南アフリカの乗馬チームの主将として出場を予定しているということです。

このような「進歩」はどこまで続くのでしょうか?そして私たちは将来どういう人間になるのでしょうか。寿命が延びるのは良いことばかりではないと考える人もいます。人が歳をとるということは、社会の新陳代謝に重要な役割を果たしているとも考えられるからです。生物学的には、高齢者と病弱者は元気な若者にとって替わられます。また高齢者は、常にとはいいませんが、しばしば新しいアイデアに対しては若者よりも否定的なものです。新しい血を入れることは、古い社会には時として必要なことです。今でさえすでにイギリスの司法界と政界は「長老」が支配的になってしまっています。寿命が延びるということは、これに加えてさらに、90才や100才の裁判官や国会議員を生み出すことを意味します。そのようなことが本当に起こったら、すでに貧困化しているイギリスの知的環境はいったいどうなるのでしょうか。今でさえ保守的な権力構造がさらに強くなるのでしょうか。

保険統計表(異なった職業や社会階級ごとの予測寿命を測定したもの)を見れば、職業などによって余命が異なっているのが分かります。社会階級が上がるにつれて余命が伸びます。全体の寿命が延びると予命の差が大きくなります。「持つ者と持たざる者」というこれまでの構図に代わって「生きる者と生きざる者」という新しい構図になるわけです。「生きる者」はほんの少しの努力と知識で100才の誕生日を迎える一方、少しの努力と知識の修得を怠る「生きざる」人々を30年も40年もの寿命の差をつけて、置き去りにしてゆくのです。このことは、友情、仲間意識、家族関係、社会階級などにどのような影響をもたらすのでしょうか。

時計の針を遅らせることは誰にもできません。また、誰もが長生きを望むわけでもありません。誰もがこの本を読むわけでもありません。しかし、もしもあなたが中年を延長して来世紀を少しでものぞき見たいと思うなら、あるいは、未来にどんな驚きがあなたを待ちうけているか少しでも知りたいと思うのなら、「賢く健康に」これからの人生を生きるための「ノウハウ」が、続く各章であなたを待っています。

1997年8月 ロンドンにて

医学博士 ポール・クレイトン

クレイトン博士の「英国流医食同源」はじめに
はじめに

クレイトン博士の「英国流医食同源」 〜発ガン性物質があふれる現代を賢く生きる〜(翻訳版)の内容を転載しています。

当コンテンツは、現代人の食生活に関する問題や身体を守る抗酸化物質に関する豊富な研究結果を元に、多くの消費者の誤解の本質を解き、健康な食生活の実践を啓蒙している、論文『クレイトン博士の「英国流医食同源」〜発ガン性物質があふれる現代を賢く生きる〜』の内容を転載しております。

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